お赤飯 2
米の栽培が日本ではじまる弥生時代以前は、アワやヒエの粥を食べていました。
中国から米が伝わっても、われわれの先祖は「姫飯」と呼んだ粥にして食べた。
そのうち、中国から蒸し器が伝わると、米をふかして食べるようになります。
ところが、米は貴重品です。
ふだんはアワやヒエを食べ、米は病人食か、お祝いのときだけ用いた。
じっさい、アワやヒエにくらべて、米は粒が小さく、細長い品種で、粘りがなく、消化にもよかった。
また、赤い色をしていたので、燃える太陽や火のイメージから縁起のいいものとされ、お祝いには欠かせないものでした。
日本人は、古代から、ハレ(神事、お祝い)とケ(日常生活)を区別してきました。
お赤飯は、ハレの代表的な食べ物として、今日まで受け継がれてきたのです。